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室町幕府の官制とは?

大河ドラマ麒麟がくる」を視聴されている方は

どれくらいおられるだろうか。

目下、十兵衛が幕府の奉公衆として出世の第一歩を

踏み出したところ、政所執事摂津晴門と対立しているところである。

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二条御所(2016年10月撮影)

室町幕府の官製というのは、ある程度幕臣の役割が決まっていた。

主なものを挙げてみよう。

〇将軍

管領 細川氏、斯波氏、畠山氏

職掌:将軍を補佐する。

政所執事 京極氏・二階堂氏→伊勢氏→摂津氏(今ここ)

職掌:財政を司る。

評定衆 中原氏、三善氏ら24人

職掌:政事を議論し、吏務を行う。故実に詳しい人物が選ばれた。

引付頭人 吉良氏・石橋氏、摂津氏・二階堂氏

職掌:訴訟のことを司った。足利一門を正頭といい、それ以外を権頭と称した。

問注所執事 町野氏、大田氏

職掌:記録、証券のことを司り、詐欺などの訴訟も手掛けた。

〇侍所所司 赤松氏、一色氏、山名氏、京極氏

朝廷や幕府を警護し、京の治安維持を行う。

 

このほか、各奉行や地方においては探題という長官がいて

各地の大名をまとめていた。いずれも足利一門や有力守護がなるのがしきたりで

奥州探題:大崎氏(斯波氏、足利一門)

関東管領:上杉氏(足利氏被官)

中国探題:大内氏(有力守護)

九州探題:渋川氏(足利一門)

と、ある程度は決まっていたが、いずれも時代によって変遷がある。

例えば、関東管領はもともと畠山氏の世襲だったが上杉氏に

とって代わられたし、奥州探題もまた、伊達晴宗が就任しており

大崎氏の没落が顕著となった。

そのようなわけで、摂津氏というのはもともと引付衆であったのだが

晴門の時に、伊勢氏から代わったようである。

この要因は、伊勢貞為が、足利義昭と敵対していた義栄に仕えたことと

義昭上洛に合わせて貞興に跡を継がせているが、貞興が幼少であったことが

大きい。

 

きらりと光った公家の活躍

 

ちなみに、この時の関白は二条晴良であるが、すぐに一条兼冬が就任し

それから近衛前久が就任。1554年から68年までの14年間務めることになる。

麒麟がくる」でも少し登場したが、時の権大納言・山科言継や

吉田兼見、勧修寺晴豊といった公家衆は、日記形式で当時の政局の様子を

記しており、第一級の史料として重宝されている。

幕府側もそうであるが、朝廷特に公家衆が光っているのも

この時代の特徴である。これが秀吉・家康が天下を取り

公家の抑え込みに入ると、一気に朝廷側の存在感が希薄になってしまうのである。