白雉日報社公式ブログ

日本第一党東北地方の何でも屋さん。

失敗だらけのワクチン接種騒動。問われる国の責任

先日、初回となる武漢ウイルスのワクチン接種をしてきた。

既に打ち終わった周囲の人たちの情報によって

初回の副反応は大したことはないが

二回目には発熱などの症状が出やすいというから

僕は今回初回というわけで、ある程度気楽に行った。

しかしその接種会場というのが

だだっ広い広場に、でっかいテントを張っているため

野戦病院かと見まごう程であった。

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ワクチン接種会場の入り口では持ち物の確認が大書されている

入口からすぐの受付で、持ち物の確認。

さらに奥に行くと、予診票を提出したり、登録したQRコードを見せたり

軽い問診などの細かい作業があって

それから10個以上もあるブースの中に入って

「アルコールでかぶれたりはないか」と聞かれ

チクりとやられる。武田モデルナ製のワクチンである。

それから15分間、経過観察ということでパイプ椅子に座って

ボケーっと待っていたんだが、係の人たちがやたら

「具合が悪くなった方はいませんか?」と方々で言うものだから

段々とそんな気分に…と思ったら、単に暑いだけだった。

 

暑さのほうで具合悪く…

 

前述のように、でかいテントを張っただけで、冷房や扇風機もフル稼働だが

隙間なんかいくらでもあるわけで、正直効果はなかった。

そこでじーっと待ちながら「具合が悪い方はー」なんて言われ続けたら

そりゃ具合が悪くなってくるのも仕方ない。

そう考えつつ時間が過ぎたので、即帰ったわけだが

特に異常などはなく、翌日になって刺された腕の痛みが多少あるだけだった。

と思ったら、その次の日、全身がやたら暑くて、もしかして発熱したかな…と

思って検温したら36.9度と、ギリ37度以下。念のためバファリンを飲んだら

一晩で熱は引いた。

まあ、多少は副反応らしき痛みや体調の変化はあるが、深刻なものではなかった。

問題は2回目で、厚生労働省によるとおよそ40%の確率で発熱があるようだ。

そのため、国はワクチン休暇を設けるよう民間に進めているのだが

残念ながら制度化には至らず、各企業に「勧奨する」程度に留まっている。

 

ワクチン接種、再拡大…国民も我慢の限界

 

それにしても、今回のワクチン接種についてはかなり多くの問題があるように思う。

1、基礎疾患がある人が優先的に接種することができない。そもそも予約が繋がらない。

2、仙台市ではワクチンが足りなくなり、病院での接種が途中で予約停止になった。

3、ワクチン接種は自由だと言っているが、実質強制であること

4、東京五輪まではワクチン接種は全員に行きわたらせると聞いていたが…。

www.fnn.jp

どうも菅内閣の動きを見ていると、いろいろな綻びが散見できる。

今は東京五輪の最中だから世論の注目はさほどではないだろう。

しかし、それが終わった後一斉に検証に入る。わが党でも当然、国の感染対策は

成功したのか、それとも失敗したか、失敗したのならどのあたりを追及すべきか

考えていくことになろう。

東京五輪、日本のメダルラッシュは実に喜ばしいしアスリートたちの

想いがひしひしと伝わってくるような、胸が熱くなる試合が続いている。

その一方で、1日の感染者数が過去最多を記録し、特に首都圏は危機的水準だ。

なぜこんなことになっているのか。全く理解しがたい。

いろいろな話を聞くが…それにしてもなぜこのタイミングなのか?

これは専門家会議なども分析しているであろうから掘り下げてみたい。

しかし今回ばかりは国民の怒りは凄まじいものがあるだろう。菅内閣は心して

秋以降の衆院選を迎えるが良い。

 

沖縄戦・八原参謀の著書が復刊!(したことを今さら知る)

大東亜戦争の局地戦を調べる上で、とりあえず見るものといえば

今でこそWikipediaだが、wikiも所詮は集合知であって

必ず参照する資料があるものだ。その基礎資料が「戦闘詳報」である。

各部隊や各艦船ごとに、戦闘後に上級司令部に提出するもので

どのような戦闘であったのかを時系列で記して

勝敗の要因は何か、改善すべき点は何か、そしてどの部隊がどういう戦功を挙げたか

参考にするものである。帝国陸海軍は、現在の日本と同様、記録魔であったから

戦闘後は戦闘詳報の作成に勤しんだ。

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歩兵第36連隊の大東島空襲(1945年3月)の戦闘詳報

例えば、レイテ沖海戦で沈んだ戦艦「武蔵」も、生存者がフィリピンにおいて

戦闘詳報の作成を第一に頭を付き合わせたのである。

とはいえ、戦死者が余りに多いため、正確に記録する人が残っていない部隊もあった。

そのため、武蔵の戦闘詳報には、あくまで記憶を基にしたものなので間違いがあるかも

しれないという一文が添えられている。

そういった資料は全て、自衛隊がまとめており、「戦史業書」という形で発行されている。

ところで、部隊が全滅即ち玉砕することは、司令部が消滅することを意味する。

高級将校が生き残っていないのは、部隊の生存者を指揮する人がいないことで大変困る。

誰も司令部の作戦立案や実施状況、戦闘時の様子を知らないからである。

だから高級将校が生き残った戦闘というのは極めて貴重だ

実はその戦闘が沖縄戦であり、生存した高級将校は八原博道大佐である。

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八原博通大佐

極めて優れた作戦参謀であった八原大佐は、第32軍司令官の牛島満中将のもと

徹底的な持久戦術を展開し、米軍を最後まで苦しめた。

牛島中将に本土へ戦闘の様子を伝えるよう指令を受け脱出を図るものの

米軍に捕捉されて捕虜となった。

1972年に著した「沖縄決戦ー高級参謀の手記ー」は極めて詳細かつ正確なもので

貴重な資料であったが、長らく絶版になっていた。

 

どうにかして読む機会を得たいと考えていたのだが、最近になって復刊したことを

知った。それでさっそく取り寄せたところ、なかなか分厚くてびっくりした。

沖縄戦は民間人や報道関係者による著書があるが、将校の立場から見るのは

極めてレアだ。硫黄島の戦いでも、光人社から出ている将校の回想があったが

その将校は硫黄島に米軍が上陸する直前に病気のため本土に移送されたことで

九死に一生を得たのである。

激戦で最後まで参加して生存するのは、誠に艱難辛苦の一言に尽きるもので

特に参謀クラスであれば、大体は司令部の玉砕と運命を共にしがちだ。

生存したことを「生き恥」と批判する声もあろう。

だが、全員死んでしまったら、誰が司令部の最後を伝えるのだろう。

牛島中将が「生き残って大本営に戦訓を伝えよ」と指令を出したがゆえに

生存できたとも言える。さすが「陸の牛島」と評されるほどの名将である。

まだ読み始めたばかりなので、1行1行噛みしめるように読みたいと思う。

もうじき終戦の日。一人一人の「戦争」を少しでも理解していきたい。

総額表示義務化から4カ月、クセになったこととは

 唐突だが読者諸氏の皆さんは、どういうお仕事をされているだろうか。

僕の仕事は情報関係ではあるが、それを商品化してコンビニなどに卸している関係で

数カ月前、ちょっとした騒ぎになった。

それ以来、店頭に売られているものはほぼ必ず確認する項目がある。

そう、価格表示だ。

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大台に乗っちゃうと買いにくいのが消費者心理だ(経産省HPより)

実は、今年の4月1日から価格表示が「総額表示」に義務化されたのである。

www.jiji.com

例えば、パンを買うとする。前年度なら「100円(税別)」とか「100円+税」

などで済んでいたのだが、総額表示となれば「100円(税10円)」や「110円(税込)」

といった、総額いくらで済むのかを明示しなければいけなくなったのだ。

これはあくまで小売業での義務化で、理美容業など形がないサービス業には適用されない。

 

パッケージだけ変えればいいというわけではない

 

「価格だけ変えれば済む話だろ」と外から見ればさほど大きな話ではない。

ただ、これはパッケージ自体を変えなければいけないことだし

商品を製作する側がそれを作り直さなければいけないので

はてさてどう表示しようか…と考えた。

これは、2つの面で困ったことで、作り直すこと自体は苦ではないのだが

1、近いうちに再び消費税が増税した場合またパッケージを変えなければいけない

2、店頭で出すものと、インターネットで表示するものは決まりが違う

というものだった。インターネット上では、販売するページに

総額表示がなされていれば、商品に総額表示がなされていなくても良いという

微妙なわかりにくさで指導されていたのである。

そこで僕は、商品のパッケージ自体は上の判断に任せるとして

ネット上ではわかりやすく定価のみにしようと決めた。

それに追随するかのように、実際のパッケージの表示も定価のみ表示となった。

おもしろいのは、表示方法自体は定めがあるわけではなく

「100円+税10%」とか「100円(税別10)」でも良いのである。

それで他社はどうしているんだろうと、パッケージを観察するようになった。

まあ大体は(税込)なのであるが。

 

国は製造者のことも考えよ

 

なぜここまで商品の表示にこだわるかといえば

最近の消費税増税で大変閉口したからである。

消費税が増税になった場合、単純にその分を売価に加算すれば良いわけでなく

原料を仕入れたり、それを出荷したりするのにも税はかかるわけで

それらをも売価に反映させなければならなかったのだ。

ただし、消費者が一気に離れる価格というのがあって

この間までワンコイン(500円)で済んでいたのが

560円になると一気に売り上げが減る。

同じように、これまで990円で売っていたのが、1090円になったりすると

同様に客が手を伸ばそうとしないのである。

大台に乗ってしまうと、顧客のマインドは下がってしまうのだ。

それで、やむを得ず、「500円+税」などと表示することで見た目は

大きな変化はありませんよ、と工夫し始める店舗が続出した。

前述のとおり、全てのものに税金が掛かっているから実際の売り上げは

下がっているのだが。

僕もこれは大変頭を悩ませて、上司に「うちの商品は普段から高いんだから

この際『消費税分は値下げします』と生協みたいに謳えばいいんじゃないか」

と提案したりもしたが、結局は値上げせざるを得なかった。

今回の総額表示では、消費税を何とか誤魔化すことができなくなり

結局大台に乗ってしまうケースが多くなっているようだ。

国のバカどもは、「たかが数パーセントに何を怒っているんだ」などと

言うのかもしれんが、販売側は作業は増えるし、売り上げは下がるわで

次から次へとジャブを食らうようなもので腹立たしいのだ。

そういう積み重ねもあって、内閣支持率は低迷を続けている。

このままでは衆院選は苦戦することは目に見えているから

自公としては菅義偉首相を変えるか、或いは大胆な経済政策を打ち出して

それを争点にしようとするだろう。

しかし、さすがにこの1年以上もの我慢はその程度で払拭できるだろうか。

3兆円も掛けて開催されている東京オリンピック

それを横目に見ながら店を閉めざるを得ない人々は、どこに怒りを

ぶつければ良いのだろうか。不合理だという思いは尽きない。

 

会津戦争、原発事故…福島県本部設立に懸ける思い

東北を取りまとめよ―。

今年の2月、かように桜井誠党首から依頼された僕は

「とんでもないことだ。浅学菲才な上、若輩である」と辞退したものの

「代わりに人がいない」と説得されて東北のまとめ役を

引き受けてから、さてまずは目標を立てようか…と考えた時

東北地方にはまず県本部が致命的に足りぬことが課題だと断定した。

 

ようやく地元の活動に専念できるように

 

僕が党本部で選挙対策をやっていた時、できるだけ地元の宮城県本部には

タッチせぬことにしていた。地元だけ優遇するわけにはいかないからだ。

党本部から余計な介入もしたくない。

そのおかげかどうか

東北は活動は活発とは言い難いが、その一方で他の地方のトラブルとは無縁だし

独自の活動を展開しているのは、各県本部長の手腕によるものと感謝している。

今年の目標は、福島県本部の設立とし

可能なら山形県本部の設立も目指すこととした。

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南相馬の被災地を訪れた桜井党首(右から5人目)。党首にとっても福島は特別な土地だ

県本部の設立は、実は悩ましいところでもあり

「ハコが先か人が先か」なのである。つまり、とりあえず県本部だけ設立させて

後は活動していって人を増やす方法。

拠点である県本部の設立を先にすると

体裁は立派に見えるのだが

どうしても人の確保が喫緊の課題として浮上してくる。

人を先にするというのは人の確保を先にしてある程度整えてから

ハコ、つまり県本部を作ることだ。安定的な活動ができるが

県本部ができるまで時間がかかるというジレンマがある。

僕はどちらかといえば後者で、役職も変わったし地元にも専念できる。

「ハコ」の頃合いかと考えたのだった。

そこで福島市で集会をやったところ、想定外に大勢の人が参加してくださったし

皆さんモチベーションも高いことから、さっそく設立に向けた準備を行っている。

幸いにも、福島県には瀬戸弘幸最高顧問もいらっしゃるし、地元の活動家も

よく存じているので、ゼロベースではないことが強みである。

それに、新潟県、栃木県、茨城県と隣接しているから他地方との連携も可能だ。

これほど恵まれた環境は珍しい。スムーズに設立ができそうである。

 

奥羽越列藩同盟で分かる勤王の志

 

福島県は、僕個人としても思い入れのある土地である。

このブログで何度か戊辰戦争について取り上げたことはあるが

仙台藩米沢藩が中心となって設立された奥羽越列藩同盟

そもそも会津藩(そして庄内藩も)の赦免のために結成された

同盟で、初めて東北諸藩が一致団結した勢力であった。

会津藩は幕末に長州藩に目の敵にされ、徳川宗家が薩長に降伏した後は

会津藩庄内藩山形県)が朝敵とされたのである。

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砲撃でボロボロになった会津若松城天守時事通信より

それを知っているからこそ僕は「東北は団結できる」と自信を持っている。

もちろん、わが党の活動が盛んであるということは左翼勢力も強いということだ。

ご存知の通り、福島県東京電力福島第一原発事故で左翼勢力の拠点の一つであり

共産党はもちろん、中核派などの新左翼も根城としている。

わが党の党勢拡大をしつつ、これら左翼勢力との闘いに突入するであろう。

断固、戦い抜くことをお約束する。

前述した会津藩は、そもそも勤王の志篤く、最後の藩主・松平容保

京都守護職として洛中の警備に当たり、孝明天皇よりご宸翰を賜ったほどだ。

そのような藩があったほどであるから、必ずやわが党の天子様への

忠節の志は伝わるものと確信している。

 

いずれ東北全体へ

 

次は山形県南東北全土で県本部ができる。そして北東北に目を向け

既に設立している青森県本部と連携して岩手・秋田を固めにいく。

大体はこの流れでいくことになろう。

参院選も近く、その先は統一地方選もあることだし

選挙準備を進めながらだから、なかなか大変だと思う。

しかし、わが党がワンランク上に行く過渡期であるから

このタイミングこそ力の入れ時だ。

今こそ東北の党員の皆様はもちろん、支持者の皆様と東北において

日本第一主義を広げていきたいと強く願っている。

 

加速する技術革新、法制度は追い付けるのか?

僕が最も時間を無駄にしているであろうゲーム

戦略シミュレーションゲームシヴィライゼーションⅥ」は

常にアップデートを繰り返しては、難易度を上げまくっているのだが

遅ればせながら、テーマ曲の意味を知った。

www.youtube.com

オープニングテーマ曲「Sogno di Volare」は英語で「The Dream of Flight」という。

飛行の夢…となるところだが、原題はイタリア語である。

なぜなら、この曲はレオナルド・ダ・ヴィンチをモチーフとしているためだ。

以下が歌詞となる。

 UNA VOLTA CHE AVRAI
 SPICCATO IL VOLO, DECIDERAI
 SGUARDO VERSO IL CIEL SAPRAI:
 LÌ A CASA IL CUORE SENTIRAI

一たび空へと羽ばたけば
見据えた空が心の住処であると知るだろう

 

UNA VOLTA CHE AVRAI
SPICCATO IL VOLO, DECIDERAI
SGUARDO VERSO IL CIEL SAPRAI:
LÌ A CASA IL CUORE SENTIRAI

一たび空へと羽ばたけば
見据えた空が心の住処であると知るだろう

 

PRENDERÀ IL PRIMO VOLO
VERSO IL SOLE IL GRANDE UCCELLO
SORVOLANDO IL GRANDE MONTE CECERI
RIEMPENDO L'UNIVERSO DI STUPORE E GLORIA.

太陽を目指した原初の鳥は
大いなるチェチェリ山をも席巻し
世界を奇跡と栄光に満たす

 

UNA VOLTA CHE AVRAI SPICCATO IL VOLO,
ALLORA DECIDERAI
SGUARDO VERSO IL CIEL SAPRAI:
LÌ A CASA IL CUORE SENTIRAI

一たび空へと羽ばたけば
見据えたこの空こそが心の住処であると知るだろう

 

L'UOMO VERRÀ PORTATO DALLA SUA CREAZIONE
COME GLI UCCELLI, VERSO IL CIELO...
RIEMPENDO L'UNIVERSO DI STUPORE E GLORIA.

自らの創造力で
まさに鳥の如く人は空へと飛び立ち
世界に奇跡と栄光をもたらす

 

UNA VOLTA CHE AVRAI
SPICCATO IL VOLO, DECIDERAI
SGUARDO VERSO IL CIEL SAPRAI:
LÌ A CASA IL CUORE SENTIRAI

一たび空へと羽ばたけば
見据えた空が心の住処であると知るだろう

 

GLORIA

栄光を!

GLORIA

栄光を!

 

https://civ6wiki.info/?%CC%B5%B0%F5/%A5%C7%A1%BC%A5%BF/%A4%BD%A4%CE%C2%BE/Sogno%20di%20Volare

より

 このゲームは、文明の進歩をテーマにしているので

ダ・ヴィンチに焦点を当てたということだろうか。

ダ・ヴィンチはその人生こそミステリアスだが

多才であるだけでなく、アイデアマン、先駆者として知られ

様々な文物を発明した。その中の一つが航空機である。

彼は人力の航空機を発明し、共同研究者のマシーニが

1506年にその飛行実験をイタリア半島トスカーナ地方にあるチェチェリ山で行った。

結果は失敗したとされているが、その発想は1903年ライト兄弟により

ようやく実現される。

そしてわが国は1922年、航空機を航空母艦による運用を可能にした。

 

通信速度は20年で1000倍!

 

そう考えると、技術革新のスピードは実に早くなった。

通信技術もまた同様で、1980年に始まった1G(第1世代移動通信システム)は

アナログ形式で、ビットレートも2.4kbpsだったのだ。

その10年後の1990年に稼働した2Gは28.8kbpsまで可能にし

2000年の3Gでは、3.5~14Mbpsと100倍以上の速度となった。

2010年の4Gでは、実に225Mbpsである。

現在普及が進んでいる5Gは、4.1Gbpsというのだから、まさにIoT時代が

やってきた…というより当たり前になりつつあると言って良いだろう。

(通信速度はいずれもNTTドコモによる)

この恩恵はあまねくところに及んでいる。

わが党も、武漢ウイルス下においては街頭活動ができなかったために

VR演説というものを初めて取り入れたし

オンラインによる講演、勉強会も進んでいる。

残念ながら、このイノベーションに対してわが国の法律は対応しきれていない。

特に、公職選挙法などは最近になってようやくインターネット選挙の活動に

規制が掛かったほどであり、未だにクラウドファンディングやネットにおける

落選運動などは想定されていないのである。

既に総務省は「ポスト5G」まで想定している。

しかし同じ総務省の管轄である選挙はようやくデジタルに足を掛けた程度である。

当然、私たちは否応なくこのイノベーションをうまく活用しなければならない。

その一方で、遅れたままの法制度についての対応も必要になってくるのだ。

つまり、法改正のタイミングも活発になってくるだろうし

内容によってはこれまで許容されていたことが不可能になるかもしれない。

そうなったら次はどうするかという戦術である。

さらに法の先を行くか。それともある程度確立されたセオリーを歩むか

悩ましいところだ。

 

 

東京で四度目の緊急事態宣言。補償を拡充せよ

連日、雨が続いているが、皆さんどのように過ごされているだろうか。

本日から、東京都で緊急事態宣言が始まった。

武漢ウイルス陽性者増加に歯止めがかからないためだ。

3度目の緊急事態宣言が解除されてわずか3週間である。

インドで変異し、急激に感染を増している「デルタ株」が陽性者の3割を占め

さらにこれから東京オリンピックや夏季休暇が控えているなかで

国もさすがに動かざるを得なかったというところだろうか。

この措置は8月22日まで。東京オリンピックは前代未聞の無観客で行われることになる。

主な規制内容は以下の通りだ。

・日中を含めた不要不急の外出・移動の自粛

・種類を提供する店舗の休業要請

・それ以外の飲食店の営業時間短縮

・イベントの開催制限

・テレワーク導入による出勤者7割削減

となっている。

もちろん、休業協力金は支給されるわけだが

粗利補償などがされるわけではない上、食材の卸売業者などへの

補償も十分ではないことから、飲食業者からは大きな反発の声が上がっている。

僕も、食品メーカーの集まりに出席した時に、その社長が

「飲食店を標的にするのは止めてほしい」と怒気を含みながら

話していたのを印象深く覚えている。

news.tbs.co.jp

 

もちろん、東京都と地方で武漢ウイルスに対して温度差があるのは

知っている。東京では「コロナは風邪」だの「コロナは茶番」だの

という勢力が少数ながらも一定の規模を持っており

先日の日本第一党主催の「オリンピック不歓迎デモ」に対しても

激しく反発していた。

まさに国賊、彼らの存在もこの緊急事態宣言に一役買ったといえる。

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宮城県では緊急事態宣言後の現在でも飲食店が苦戦を続けている

それにしても、国はなぜここまで飲食店を苛め抜くのだろうか。

今や飲食店では、アルコール消毒や検温、席を空けて座る

黙食、アクリル板設置など徹底的な対策が行われている。

これで感染なんてことは考えられないんじゃないか。

だから僕は普通に飲食店の対策を信じて利用しているし

利用するからには、本当に食べるだけ、という感じだ。

このように店舗も利用客も大多数は、感染対策をしっかりされている。

それでも営業を規制するのだから、繰り返しになるが十分な補償が最低条件だ。

これまで耐え忍んで頑張ってきた店舗が

この緊急事態宣言で力尽きるのは大変心が痛む。

もちろん、緊急事態宣言後の販路確保支援も必要だ。

最初の緊急事態宣言を思い出してほしい。

特別給付金、持続化給付金、雇用調整助成金、テレワーク支援金など

今とは比べ物にならないほどのメニューがあった。

それらは一体どこに?

この要望に応えられなければ、都民は国への怨嗟とともに廃業する

選択をすることになるだろう。そしてその怨嗟は菅政権を直撃するのだ。

 

徳川家康と伊達政宗の遺訓が似ている…?

先日の大河ドラマ「青天を衝け」で、徳川慶喜渋沢栄一

東照大権現遺訓」をそらんじて盛り上がるシーンがあった。

東照大権現とは、言うまでもなく江戸幕府初代将軍・徳川家康である。

日光東照宮に葬られ、「大権現(仏が神の姿を借りて現れたという意味)」

と号したから、東照大権現と称されている。

徳川家康の遺訓は全部で以下の通りである。

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東照大権現徳川家康)肖像

 

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し

急ぐべからず。

不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば困窮したる時を

思い出すべし。

堪忍は武運長久の基。怒りは敵と思え

勝つことばかり知りて、負くること知らざれば害その身に至る。

己を責めて人は責めるな。

及ばざるは過ぎたるより勝れり。

 

という。これには異説があり、水戸光圀が教訓として

残したものがいつの間にか「東照大権現神君遺訓」となり

伝わったのだという説がある。

 

僕自身、この遺訓を聞いていてどこかで聞いたことがあるなと思ったら

何を隠そう仙台藩祖・伊達政宗公の「貞山公御遺訓」に似ていた。

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伊達政宗公騎馬像(日本遺産HPより)

「貞山公御遺訓」全文は以下。

 

仁に過ぐれば弱くなる

義に過ぐれば固くなる

礼に過ぐれば諂(へつら)いとなる

智に過ぐれば嘘をつく

信に過ぐれば損をする

気長く心穏やかにして、よろずに倹約をもって金銭を用うべし

倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり

この世の客に来たと思えば何の苦もなし

朝夕の食事うまからずとも褒めて食うべし

元来客の身なれば好悪は申されまじ

今日の行をおくり、子孫兄弟によく挨拶をして、娑婆の御暇申すがよし

 

 

という。実はこの御遺訓も、政宗公が残したものだという証拠がない。

ただ、政宗公は筆まめで知られていて、右筆に任せることはあまりなかった。

だからこういう教えが残っていてもおかしくはないのである。

なお、「貞山公御遺訓」は政宗公の墓所である瑞鳳殿で売っている…。

 

似ているところが多い両者の遺訓

 

ところで、徳川家康の遺訓とを見比べると、似ている部分が多い。

例えば、不自由であることを我慢しろと言ったり

怒ったりせずに穏やかに生きろ、というものだったりという箇所だ。

老荘孔子の教えの影響を受けているという指摘もあるが

誰が作ったにせよ、よほど長い人生を歩んできた人でなければ

これほどの言葉は出てこまい。

そして両者の生きざまをよく知っている人だからこそ、違和感なく

本人のものでござい、というて出せたのだろう。

実際、両者が後世に残すとしたらこういう言葉だったかもしれない。

「貞山公御遺訓」は僕の人生の指標でもあり、部屋に飾って毎日眺めている。

現在でも十分通用する内容といって差し支えあるまい。

少しでも「奥州の独眼竜」に近づきたいものだ。