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日本トルコ友好の架け橋となったエルトゥールル号「海難1890」

今日、「海難1890」を観てきた。
この作品は1890年に発生したエルトゥールル号遭難事件を描いたもの。
1889年7月、イスタンブールを出港したオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号
大日本帝国に向けて長い旅に乗り出した。
乗員はオスマン・パシャ提督をはじめおよそ600人。
エルトゥールル号1854年に就役した軍艦で30年以上も経った老朽艦であり
さまざまな困難に直面しながらも、一行は1890年6月日本を訪問
帝国政府もまた国際舞台に躍り出たばかりであり
大々的な歓迎がなされた。
1890年9月、エルトゥールル号は横浜を出港した。イスタンブール出港から
一年以上経っていたこともあり、乗組員の疲弊は激しく
艦内では伝染病も蔓延していたという。
また、9月は台風の季節でエルトゥールル号には耐えられないと出港を引き留める声も
あったが、その制止を振り切っての出港。
和歌山県沖に差し掛かったところで、台風に巻き込まれたエルトゥールル号
機関部に浸水し、水蒸気爆発を起こして沈没した。
生存者は紀伊大島樫野にたどり着き、灯台守に沈没を知らせた。
付近の大島村(現、串本町)の村民は総出で救助活動に従事、69人を救出した上
乏しい食料の中から生存者に優先して肉や魚などを提供した。

(在りし日のエルトゥールル号wikipediaより)


さて、それだけであれば普通に良いお話として終わりそうなものである。
この物語には続きがある。1985年に発生したイラン・イラク戦争
イラク側はイランへのロケット攻撃を宣言し、48時間を超えてイラン上空を飛行する
航空機は全て撃墜すると警告を発した。
イランに在留していた各国の国民は一目散に帰国を開始したものの
イランの首都・テヘランに航空機を乗り入れていなかったわが国は
その対応が遅れに遅れた。フラッグキャリア日本航空は帰りの安全が確保されないとして
救援機派遣を拒否、自衛隊もまた国会の承認が必要だとして到底間に合いそうもなかった。
在留邦人約300人の命は危機にさらされていた。
そこで頼み込んだのがトルコ政府である。トルコ政府もまた自国民救援のために
航空機を派遣しようとしていたが、そこへ日本人も乗せてほしいと大使館が要請したのだ。
しかし、当然自国民が優先されるべきであって、テヘランには未だ多くのトルコ国民がいたことを
考えると、日本人救援に割く余裕はなかった。
が、トルコ政府はあえて日本人の救援のためもう1機航空機を派遣した。
トルコ大使館にお礼を述べた日本大使館の職員に対してトルコ大使館は
エルトゥールル号の借りを返しただけです」と述べる。
このエピソードは数年前、インターネット上で紹介されて大きな話題を呼び
さらに民放でもこのエピソードを用いて再現ドラマがつくられたため
日本・トルコの友好を示す出来事として広く知られている。


本作の内容は非常によくできていると言って良い。
少なくとも後悔することはないであろう。
ただし、強いて言えばオスマン帝国側の都合の悪い部分はぼかされている点
(例えば資金不足のため台風の季節でも出港しなければならなかったことや
そもそもオスマン帝国が末期的状態であったことなど)
このエピソードはすでに広く知れ渡っていることから
顛末を知っている点でハラハラ感が幾分緩和されてしまう点などを挙げたい。


本作では後援にわが国外務省、駐日トルコ大使館が入り日本トルコ合作となっているほか
トヨタ自動車大成建設三井物産三菱商事、丸紅、東芝などが支援し
伊藤忠住友商事IHIなどが協賛している極めて恵まれた作品といえる。
同作パンフレットには安倍晋三首相とエルドアン大統領のメッセージも掲載されており
国家を挙げた一大プロジェクトである。
エルトゥールル号遭難事件のことを知らない人はぜひ見てほしいと思うし
すでに知っている人にとっても、トルコとの友好を再確認することができるであろう。


海難1890」公式サイト
http://www.ertugrul-movie.com/