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「ドクトリン」に見る軍事力

「戦術ドクトリン」という言葉がある。
「ドクトリン」というのはそれぞれの「基本的な方向性」というもので
例えば1947年の「トルーマン・ドクトリン」は
共産主義陣営に対する明確な対決を表すものとして有名である。


さて、戦術ドクトリンというのは、それぞれの軍隊の基本的な
作戦方針、装備、兵器、戦闘の手法について
明示したものである。例えば、いざどこかの国と戦争になった場合
いつ、どうやって軍隊を展開し、そのような装備を持たせるのか
またどうやって戦闘すればいいのか統一させなければ
それはてんでバラバラに戦闘する羽目に陥る。
また、兵器一つをとってみても、何を重視するかで
配備するものはまったく違う様相を呈してくる。
例えば、初めて機甲師団という概念を生み出したドイツは
機動戦に重きを置き、機動走行車両の配備を重点的に行った。
一方、わが国は島国ということもあったため
もともと海軍に力を入れていた。そのため海軍は世界第二位の
名をほしいままにしたが、一方の陸軍ではその機械化は遅れていた。
もちろん、資源が乏しいという事情もある。
だが、わが国では大規模な戦車戦を想定していなかったのである。
そのため、対支戦では対戦車戦用の重戦車ではなく
歩兵支援用の小型戦車が積極的に用いられたし
支那の戦車相手ではそれでも十分であった。


対戦車戦も、決して軽視していたわけではない。
昭和15年陸軍省策定の「作戦要務令」によると
対戦車戦にページを裂き、その対策について記述している。
とはいっても、その戦術たるや爆雷でもって爆破しろという
お粗末極まりないものなのであったが。
昭和14年ノモンハン事変ソ連の重戦車部隊に手痛い目にあったため
その対応を迫られていたが、帝国陸軍保有する戦車では
数も精度も劣っていた。そこで、歩兵が肉薄しての攻撃が有効とされたのである。
そしてこの戦術は、大東亜戦争までドクトリンの一つとして残され
米軍の誇る中戦車M4シャーマンなどの出現により、陸上での戦いは
大きく遅れをとることになった。


現在のわが国のドクトリンがいかに制定されているかは
詳らかでない。明らかな軍事機密だからである。
だが、2014年策定の「中期防衛力整備計画」では多機能イージス艦が増加し
定数も47隻から54隻に増加される方針。
さらにわが国純製のステルス戦闘機の開発や、戦車に代わる機動装甲車の導入など
大規模な改編が行われていることを考えると、自ずと予想ができるのではないだろうか。
今後は特に次世代型の兵器が多く開発されることは間違いなく
それ自体が大きな抑止力になっていくであろう。