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「さよなら、アドルフ」に見る国防軍の欺瞞

「さよなら、アドルフ」という作品をご存知だろうか。
第二次大戦後、残された武装親衛隊(SS)士官の家族が歩んだ
苦難の道のりを描いたものである。


武装親衛隊は、もともと突撃隊(SA)と同じくナチス
私設軍隊として創設されたもので
ヒトラー政権初期は、警護任務が主であった。
突撃隊は、ピーク時には実に400万人を数え
その指導者であるエルンスト・レームは権力の中枢を握った。
その後、レームが粛清された後、突撃隊は衰退し
代わって武装親衛隊がハインリヒ・ヒムラーやラインハルト・ハイドリヒ
のもとで勢力を拡大する。
第二次大戦が始まると、武装親衛隊は大隊単位で従軍したものの
所詮はアマチュアであり、あっさりと敗走、国防軍から嘲笑される
存在だった。この風潮は、終戦まで続くことになる。
とはいえ、武装親衛隊第1機甲師団アドルフ・ヒトラー」や
第2機甲師団「ダス・ライヒ」などは目覚ましい活躍を見せ
西部戦線、東部戦線各地で激しい戦いを繰り広げた。


問題になるのは、本作品の主題でもある戦争犯罪であろう。
これは武装親衛隊戦争犯罪を取り上げている。
実はドイツでは、戦争犯罪武装親衛隊によるもので
ドイツ国防軍はあくまで命令に従って戦っただけなのだと
いう説が主流となった。「善き国防軍論」である。
本作では、そのために武装親衛隊の家族が冷遇されるのだが
実際は国防軍武装親衛隊も大差はなかった。
アインザッツグルッペンといった特殊な例は別としても
戦場では共に戦ったのである。
ただ、ドイツ国防軍は必ずしもナチス党員とは限らないため
ヒトラーも全面的に信頼を置いていたわけではなかった。
そのため、パンターティーガーなどの新兵器は優先的に
武装親衛隊側に回されるなど、国防軍武装親衛隊との溝を
深めることがあった。
それもあり、国防軍は戦後早々と武装親衛隊を見捨て
「善き国防軍論」を展開したのである。
武装親衛隊の戦後は誠に過酷なものであった。
軍人恩給も支給されず、無実の罪で裁かれることもあったから
厳しいものである。ましてや、家族に何の罪があろうか。
非常に難しい問題だと感じた。