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帝国陸軍の一般コース、幹部コースとは?

以前、帝国海軍のキャリア形成について記述した。
帝国陸軍についてはどうであったのか。
戦前のわが国では、徴兵制が存在した。ゆえに、20歳に達すると入営する必要があった。
従って、戦前のわが国においては「国民皆兵」であるといって良い。
当然のことながら職業軍人であり、幹部候補である陸軍幼年学校・陸軍士官学校卒業者は
違う道を歩むことになっているため、別に記す。


○一般国民の軍人キャリア
入営後、初年兵として軍務につく(二等兵

2年目になると、2年兵として責任ある立場へ(一等兵

退営(兵の中で特に優秀な者は「上等兵候補者特別教育」を経て上等兵へ)

定期的に復習演習


○一般国民から職業軍人
入営後、初年兵として軍務につく(二等兵

2年目になると、2年兵として責任ある立場へ(一等兵

退営(兵の中で特に優秀な者は「上等兵候補者特別教育」を経て上等兵。志願者はそのまま下士官を目指すこともできた)
↓                                  ↓   
再召集(特に戦時は即日再召集、上等兵として勤務)           ↓
↓                                  ↓
伍長勤務上等兵・兵長下士官適任証を交付される、2年間の「下士官候補者特別教育」を経る)        
↓                                  
伍長(下士官はいわゆる「職業軍人」であり、中隊下士官として人員や状況を把握する責任が生じた)

軍曹(内務班長・分隊長として勤務。「隊長」として部下を統率する立場に)

曹長下士官の最上級。中隊副官など。衛兵監督や点呼監督などを行い、週番士官に報告する)

特務曹長・准尉(いわゆる「準士官」。将校と呼ばれるのはここから。定年は40歳なので、兵からの志願者はこのあたりで通常、定年を迎える)

予備役少尉(一部は陸軍士官学校に入学、現役少尉として幹部の道へ)


○陸軍幹部候補者への道


陸軍幼年学校または旧制中学卒業者

下士官兵(一等兵か上等兵として部隊に所属する)

陸軍士官学校(本科)に入学

卒業(2年間、幹部候補生教育が施される)

見習い士官(特務曹長・准尉)として隊付勤務

少尉(小隊長、または連隊付)

中尉(中小隊長などを務める。中隊は2個小隊およそ200人からなる)

大尉(陸軍大学校に入学。連隊本部で委員首座などを務める)

陸軍大学で参謀・高級幹部へ至る教育

卒業(通常は少佐任官。大隊長・連隊付勤務、陸軍省参謀本部付、師団参謀、他国への駐在武官として派遣)

中佐(大隊長・連隊付勤務、陸軍省参謀本部付など)

大佐(連隊長、師団参謀長、陸軍省参謀本部などでも課長クラス)

少将(旅団長、軍参謀長、陸軍省局長、参謀本部部長クラス)

中将(軍司令官、師団長などの現地軍最高責任者。陸軍次官、参謀次長など)

大将(陸軍大臣参謀総長教育総監関東軍総司令官、防衛総司令官など)


なお、ここに挙げたのはすべて兵科である。法務科・経理科などはまた別のコースがある。
また、その時々の状況によって繰り上げたり、繰り下げたりして任命されることもあった。
帝国陸軍は他国と比べて昇進が遅かったようである。皇族を除くと、近代軍制の中では早くても40代後半で少将任官であるが
(明治初期の軍制を見てみれば30代で任官もあり得たが、陸軍兵学校も大学校もない帝国陸軍黎明期である)
ドイツ国防軍ではエルンスト・レーマーが32歳で少将に任官、米国ではダグラス・マッカーサーが38歳で准将に就任。
帝国陸軍の昇進が遅いのは、官僚主義的な年功序列が大きいようだ。