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日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

今日の勉強会において、型式をテーマとして行った。
ところで、先生の補足トリビア(?)によると
瓦の編年に関しては陶邑*1編年と飛鳥*2編年がある。
寺町窯跡には、百済系の瓦が含まれていることが確認されており
百済から渡ってきた工人によるものとされる。
ところで、宮沢遺跡だが、やはり東北でも大規模な官衙遺跡で
あり、築地跡や櫓跡が検出されたことから、重要施設である。
ところが、この遺跡は役割がはっきりしていない。
『和名類聚抄』によると、「長岡郡」の地名が見ることができる
が、宮沢遺跡のある地域は正に「長岡」というのである。
先生の意見によると、これは蝦夷に備えるための城柵ではないか
とのことである。確かに多賀城に櫓ができたのは伊治公砦麻呂の乱
勃発後であることを考えると、極めて軍事的な機能を備えた
遺跡であるといえるだろう。
宮沢遺跡の報告書を貸してもらった!早速コピーしにいこうw

*1:大阪市陶邑窯跡は日本最古の窯跡と確認されており、これを基準とすることもある

*2:飛鳥寺は、日本最古の瓦葺き寺院であり、これを基準とすることもある