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再び東北を襲った大地震、負げねど!

「10年前の震災を思い出した」――。

宮城・福島県のネットユーザーからはこのような反応が相次いだ。

2月13日23:08頃。大きな地震が再び東北太平洋岸を襲った。

www3.nhk.or.jp

マグニチュード7.3。最大深度6強で福島県北部と宮城県南部を中心に

まさに悪夢としか言いようがない地震である。

 

遅かりし緊急警報!

 

僕はちょうど翌日の配信の準備をしていた。

すると、地鳴りとともに本棚がカタカタと音を立てた。

あ、地震だな…と思った。これくらいの地震ならしょっちゅうである。

それがガタガタという音に変わり、細かいものも音を立て始めた。

おっと、でかくなってきたな…あれ、まだ強くなるの?

本棚から本が雪崩れ落ちる。これは…震災の時に見た光景だ!

さすがに普通の地震じゃないと思い、本棚を押さえた。

「ヴィー!ヴィー!ヴィー!地震です」

スマホから緊急地震速報で流れた。おせえよ!もう佳境だよ!

これはもう終わりか…と諦めかけた時、揺れが収まってきた。

震災の時は実に90秒も揺れ続けていたが、今回は30秒ほどだった。

本棚が倒れるところまではいかなかったが、それでも床はめちゃめちゃだった。

LINEやツイッターでは、さっそく無事を確認する友人や仲間たちがいた。

それらに対応しつつ、宮城県本部で無事を確認した。

だが一人だけ応答がない。電話を掛けても出ない。

「〇〇さん出ないんだけど」

「やばいっすね」

「家まで行ってみっか」

肝心の住所がわからないので、党員名簿を見てもらっているうちに

本人から応答があった。全員無事だ。

地震が収まったとはいえ、余震は相変わらずで

常に揺れている感じだった。誰かが「酔ってきた」と零した。僕も同じ気持ちだった。

たまに震度3とか4くらいの大きいのが来て肝が冷えた。

 

10年前の教訓は生きている!

 

幸いにも津波の心配はなかった。

まあ、津波が来たところで浸水区域は居住が禁止されているから

それほど人的被害は発生しなかったと思うが

被害はないに越したことはない。もちろん海を見に行く人などいなかったはずだ。

大きな被害は塩竃市で火災があったり、常磐道で土砂崩れがあった程度だったが

一晩明けると、物が散乱していたり、機材に損壊があったりで

店舗や映画館の営業中止が相次いだ。

鉄道の運休も多く、それが一番影響が大きかったのではないか。

住宅の損壊の報告も相次いでいる。

そんな時はすぐに直したりせず、罹災証明を発行してもらってほしい。

すぐに直す必要がある場合は修繕する前に写真を撮影しておくことだ。

kahoku.news

罹災証明書を取得しておくと、生活再建支援金や保険料の減免措置など

公的な支援の対象となるから、損することはない。

気象庁によると、今後一週間は震度6クラスの地震への備えが必要とのこと。

震災を経験した身としては、何が必要かはわかっている。

とりあえず、仕事帰りにガソリンを入れてきた。

震災の時はとにかくガソリンが足りず、ガソスタに凄い行列ができていた。

こういう時、経験が物を言う。意識の違いというやつだろう。

仙台市は、「防災都市仙台」を掲げ、毎年国際会議を誘致したり

町内会の防災訓練に補助を出したり、防災・減災に取り組んでいる。

震災から10年が経つ本年、コロナ禍があったりと踏んだり蹴ったりだが

こと災害への備えに対しては、確実に進化している。

これを東北だけでなく、関東にも共有していきたいものである。

(関西は阪神・淡路大震災があり、九州は熊本大地震を経験済みだ)