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日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

2大巨星逝く、考古学界激震

日本考古学界の長老、斎藤忠大正大学名誉教授が
7月21日に104歳で逝去された。
また、8月6日には同じく日本の考古学会で
多大な貢献をされた森浩一同志社大学名誉教授が85歳で逝去。
わが国の考古学界は、2人の巨星を相次いで喪うことになった。


斎藤名誉教授は、戦前から歴史学の研究を始めており
大東亜戦争の対米戦の際には、『週刊朝日』に寄稿。
戦後の考古学界でも指導的地位におり
その功績は極めて大きかった。研究者の間では
「斎藤忠はどうなった?」という話題が頻繁に行われ
「実は不死なのではないか」とまことしやかに囁かれた。
もちろんこれらは親しみを込めて言われたものだ。
また、森浩一名誉教授は古墳研究の第一人者として知られ
著書の量が極めて多いことでも有名。
三角縁神獣鏡国産説や、見瀬丸山古墳を欽明天皇陵と比定し
画期的な研究成果を次々と生み出した。


わが国の考古学は、政治的思想にとらわれる人が少ないから
森浩一名誉教授のように「仁徳天皇陵ではなく、大仙陵古墳とする」
というように言ってしまうと左翼だとか売国奴だとか
言われてしまうのだが、決してそんなことはなく
仁徳天皇陵であるという根拠がないために地名表記にすべき
だという真っ当な主張であって、このように歴史に対して
シビアであればあるほど、その積み重なった史実は
盤石なのである。だからこそ僕も、歴史に関しては
厳しくありたいと考えている。天子様への忠節は当然だとしても
歴史というのは、誰かの都合良く変えられてはならないのであり
逆に、誰のためであっても新しい発見があれば修正すべきである。
従って、宮内庁天皇陵としているものであっても、それが
どの御方の陵墓であるか根拠に乏しければ、調査を厭わないでほしい。
仁徳陵であれば、その論を補強する根拠が出ることは間違いない。
歴史にシビアであることが、わが国の社稷を守ることにつながるのである。


最後に、斎藤名誉教授と森名誉教授のご冥福をお祈りいたします。
合掌。