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「終戦のエンペラー」に見る杜撰さ

終戦のエンペラー」封切りになってすぐだけど
さっそく見に行ってきた。何しろ、レイトショーで21:30の回があって
仕事終わってからでも余裕で間に合うという時間だったのだ。
この作品ずっと見たかったから、楽しみにしていたんだ。


本作では、終戦直後、マッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)が
日本に上陸するところから展開される。GHQの高官の面々には
来日経験を持つ、知日家のフェラーズ准将がいた。
フェラーズ准将は、マッカーサー元帥から、戦犯の逮捕とともに
天皇の無罪証拠集めを命じられるのだが…。
というもの。


さて、日本側キャストも豪華で、非常に期待して行ったんだが
見終わった時、僕は落胆してしまい、良いところ?あぁ、音楽かな。
あとは悪かった印象しか残っていなかったのだ。
まず全体的に、展開が早すぎる。慌ただしさだけで物語は展開していき
特にこれといった成果もないまま、終わってしまうのだ。
しかも、日本側の要人も、それほど重要な役割を担っていない。
えっと…何のために調査したんでしたっけ。
近衛公の言っていたことこそが、日本人としての総意だ!文句あっか!
とワクワクして見守っていたシーンでも、あっさり終了。
連合国側が大東亜戦争時に抱えていた大きな矛盾の数々も、答えは出されないまま終わる。
そんでもって、結局は「軍部が悪い!」で片付けられてしまう。
もはや、学研とかが小学生向けに出している「マンガ日本の歴史」レベルである。
率先して戦争を煽ったマスコミや世論の責任についてはガン無視。
極めつけは、なぜか米国が「日本を軍国主義から解放してやる」という超絶上から目線の姿勢を
一貫していることだ。よっ!アメリカ映画!
この映画の主題は「天皇に戦争責任がなかったことを探せ」ということになっているが
いつの間にか「有罪か無罪か」になっていたり、昭和天皇が開戦の責任があるか否かについて
「証拠がない」ということにされている。
確かに陛下はメモをお取りにならない。が、御前会議の議事録や枢密院、上奏の記録などを見れば
いくらでも陛下が平和をお望みでいらした証拠はそれこそ満州事変から出てくる。
そういうのを知らない設定なのかどうかは知らんが、とにかくその前提で話が進み
昭和天皇って何者なのさ?」という部分が描かれないまま終わるからたちが悪い。


大きなところはこれくらいだが、細かいところを見ていくと、さらに誤りが多い。
1、宮城事件で、さも皇軍相撃つ描写があったが、ウソである。
宮城事件とは、玉音放送の録音盤が奪おうと、近衛師団の一部がニセの師団命令を
発令し、一時宮城を占拠した事件である。この事件では、森赳師団長と参謀が斬殺されたが
宮城において銃撃戦は発生していない。さらに、「田中中将が収拾した」とあったが
実際事件の収拾に動いた田中静壱東部軍司令官は大将である。


2、木戸侯爵のシーンはウソである。
宮城事件において、木戸侯爵が録音盤を持って地下に逃げるシーンがある。
これもデタラメである。実際、録音盤は侍従室の簡単な金庫に入っていて
しかも書類の束に紛れさせていたため、見つからなかった。
最初は、NHKが持っていたが、宮内省に渡され
「陛下に近いほうが安全だろう」というので侍従に預けられたのであった*1
木戸侯爵は、録音盤を隠す作業には関わっていない。
実際木戸侯爵が隠れたのは、地下ではなく侍医室であった*2


3、聖断のシーンは多少違う。
聖断のシーンも描かれている。「連合国を信じる。皆も同意してほしい」というところ。
ここは合っているが、阿南陸相がさらに食い下がろうとするところを
もう一度「同意してほしい」と言った、となっている。
実際は「私は涙をのんでポツダム宣言受諾に賛成する」と仰ったのであり
「同意してほしい」とお求めになったのではない。しかもその際
全員無言であった。*3


4、フェラーズが来日している時、石油禁輸はされていない。
1940年フェラーズが来日し、鹿島大将から歓談する中で
「アメリカは石油を禁輸している」との話があったが
実際対日石油禁輸は1941年8月からである。


5、階級章が違う
公式サイトをご覧になればわかるのだが
鹿島大将は、大将なんだけど階級章は少将になっている。


6、宮内次官は関屋貞三郎ではない
夏八木勲が演じ、フェラーズと宮中の取り持ち役となる関屋次官。
実は関屋が宮内次官に就任したのは1921年から1933年まで。
終戦当時の宮内次官は大金益次郎である。


さて、これほどまでになぜ誤りが多いかというと、本作は事実にもとづいてはいるが
フィクションの部分もあるからである。これは奈良橋陽子プロデューサーも
公式サイト「製作にあたって」の中で明言している。
この奈良橋陽子氏、実は反核運動にも携わっている*4
ほか、作品を通じた反戦作品も多く手がけている。
まぁ、こういうアチャーな作品もできてしまうというものである。
僕は、少なくとも史実に忠実であってほしいと思うから、この作品に高評価を
与えることはできない。どう見ても駄作だと判断せざるを得ない。

*1:半藤一利『日本のいちばん長い日』「その場に同席していた人びとは、適当な納め場所はいつも天皇のおそば近くにいる侍従こそ適任であるとあっさり考えた」

*2:半藤一利『日本のいちばん長い日』「やっと無事に木戸内府が侍医室に入るのを見たとき、戸田侍従は心から、ここまでくればもう大丈夫だろう、と安堵した」

*3:半藤一利『聖断』

*4:合同祈祷集会 -反核・平和の叫び-http://www.tokyo.catholic.jp/text/kyokunews/1982/kn042.htm