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仏教を考える

友人が、無常について深く考えていたようだったので
俺もちょっと考えてみた。諸行無常といえば仏教の基本理念だ。
そこで、学生時代に宗教学をかじった関係もあって、仏教について考えてみた。
仏教は当然、宗教の一つである。で、なぜ人間はこのようなことを
考えるようになったのかというと、それは人間の脳が進化したためである。
その脳が進化するにつれて、人間は未来志向性という能力を持っていった。
チンパンジーでさえ、2時間先のことを考えるのが精一杯だ。
このように他の動物には、この知能は持ち合わせていないのだが
それが幸か不幸か、人間にとって最大の問題にぶつかって
しまった。それが「死」である。生きている限り死を迎える。
ということを知ってしまった人間は、救いを宗教に求めた。
北海道大学医学部教授の澤口俊之氏は
「死を発見した人間は、とてつもない不安を迎える。それを鎮めるために考えたのが
 霊や死後の世界。その観念でいえばそれらを考えるように脳は
 進化していったといえます。あるかないかというもので安心できるのは人間だけです」
と述べている。その中の一つが仏教である。
さて、仏教はいくつかの変遷を経ている。
例えば初期仏教は、諸行無常に対して極めて忠実であった。
釈尊は家族を捨て、王子の地位を捨てて出家した。
そして、徹底した執着の否定を行った。
それこそ、身にまとうものでさえである。
東南アジアでは托鉢を行うが、お金や食べ物を貰っても
坊さんはお礼を言ってはいけない。その人に対して執着が
生まれるからである。また、お金や食べ物を贈る側は
自分の代わりに坊さんに徳を積んでもらっているわけで
相当の物を贈るのは当然というわけだ。
また、釈尊は「私の像を拝んだところで何になるというのか」と
仏像の制作を禁止した。しかし、釈尊の亡き後に、教団が仏教を広める上で
釈尊とはどういう人だったのかっていうのは、本人が口伝でのみ
残しているのみだったから、新しく帰依した人は誰も知らない。
そこで、釈尊がどんな人だったかを知らせるために
仏像と経典の制作が始まった。であるから、般若心経を見れば
「舎利子」というのは「シャーリープトラよ…」と弟子に
語りかけている文体になっている。
仏像もまた、マトゥラーの仏像が古いものと考えられ
現在の綺麗な顔立ちになったのは、アレクサンドロス大王による
東征と、ギリシャ人の流入ギリシャ美術の影響といわれている。
いわゆる「ガンダーラ美術」である。

それが、シナを経由して日本に伝来した。
これが大乗仏教である。一方、東南アジアには上座部仏教
広く普及し、現在でも原初仏教に忠実な形を見ることができる。


では、大乗仏教上座部仏教との違いは何かというと
大乗仏教は、大衆仏教といわれるように
「いかなる人物も悟りを開くことができる」というもので
広く大衆に受け入れられるために、縛りも緩いものだった。
そのために、シナでは道教と融合し、わが国では神道と習合した。
一方、上座部仏教は、出家をして相当な苦行をしたもので
なければ悟れない、極論を言えば釈尊以外に悟ることはできない
というほどシビアなもので、極めて閉鎖的。
だから上座部仏教が伝わった東南アジアでは、極めて厳しい教えが
実践されている。出家をしないといけないとか、50歳を超えたら
輪廻の準備を行うために仏舎利を建てなければならないとか。


わが国に伝わった仏教は、大乗仏教で学問的だった。
そうであるから、最初の宗派である南都六宗法相宗華厳宗など)は
学問の総本山でもあったし、国家鎮護に重きを置いた
今とはまったく別物であったわけだ。
それに対して、鎌倉時代に入ってからむしろ救済されるべきは
庶民である、という考えに基づいて新たな宗派がたくさん出てきた。
曹洞宗臨済宗法華宗、浄土宗、真宗時宗などである。
それらが、分列を繰り返したりしながら今に至っている。
もちろんそれだけではなく、真言宗天台宗といった密教
東北でも非常に多い。例えば出羽三山は、密教と結びついた
修験道の聖地でもあったわけで、寺院も多かった。
密教はどちらかというと、苦行に重きを置いた過激ともいえる
修行を行っている。例えば鉄竜海上人に代表される即身仏
多いということもあれば、待定上人のように自らの身を切り刻んで
信者に贈ることもやったりと、我々には真似できないことを
やってのける。それぞれの信念は当然あったわけだが
このような自己犠牲の精神は、原初仏教にもよく定められていて
ある意味では仏教に忠実ともいえるだろう。
当然、今はそのような時代でもないし
寺院の立ち位置は変わってきているといえる。