白雉日報社公式ブログ

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昨日の笹谷峠大冒険ですが
色々と考えてみました。笹谷峠は昔から陸奥と出羽を通る街道で
かなりの難所でした。従って行き倒れも多かったのです。
そういった人達の供養のためか、或いは山岳信仰のためか
石碑が増えていきました。今でも200基以上の石造物が存在するようです。
疑問に思ったのが、尼寺の存在です。私は便宜上「笹谷廃寺」と名付けましたが
なぜ尼寺なのでしょうか。恐らく伽藍配置もわからないと思われます。
礎石は確かにありました。ただ礎石のみでは廃寺の存在はわかりません。
文書が存在しているということでしょうか。
と思いましたら、説明板にこうありました。
「旅人が非常に難渋したため、助小屋として宮城県側に仙住寺、山形県側に尼寺を作った」
それにしても、です。「仙人大権現」の石碑や「馬頭観音」の石碑がある
ということは、修験道と仏教が混合した民間信仰が根付いていたことを
表しています。出羽三山詣での人々のためだったのでしょう。
画像に「仙人大権現」の石碑をUPしておきます。
機会があればもう一度突撃したいと思っています。