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北朝鮮は「大砲」を捨て「バター」を選べ

平成29年も間もなく暮れようとしている。
思えば、今年は北朝鮮に国際社会が振り回されてばかりだった。
北朝鮮が発射したミサイルは実に十数回。
日本経済新聞によると、弾道ミサイルの価格は一発あたり
700億円弱に上るという*1
この一年だけで、7000億円以上をムダにしている計算になる。
これは、平成28年度の福岡市の一般会計予算よりやや少ない金額である。
つまり、政令指定都市を賄うことができる金額をミサイルにつぎ込んだのが北朝鮮なのだ。


さて、限られた予算を民需に使うべきか、それとも軍事費に回すのか
北朝鮮のような先軍政治を謳う独裁国家では、大部分を軍事費に回しているのは
火を見るより明らかである。
一方、わが国では平成29年度予算が97兆4547億円。
防衛関係費は5兆1251億円で、およそ5%である。
多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれであろう。


ところで、戦前はどうだったのだろうか。
日清戦争(1894年)では国家予算全体の69.2%
日露戦争(1904年)では同82.3%
大東亜戦争末期の1945年には85%にも上る。
「戦時中なんだから当たり前だろ」と思われるかもしれない。
しかし、戦間期の1930年頃でさえ国家予算の30%弱に上っているのだ。
この時は、現代と時代が違い、政治も不安定で国民の生活も今のように
安定しているとは言えなかった。
もちろん、それは列強全てに言えることである。
必ずしも多いとは言えない予算をどう振り分けるか。
このことを「銃とバター理論」という。
Hearts of Iron」のプレイヤーならご存知の方も多いだろう。
国の閣僚の特徴に、なぜか付与されていたりする理論である。
正しくは「大砲とバター」というのだが
国家予算を軍事費に多く回せば、その分民需品に回す分が少なくなり
国民生活はひっ迫する。一方、民需品に多く回せば
軍事費が少なくなり、その分軍縮を余儀なくされる。
この関係性のことを言うが、戦後は「ペティ―クラークの法則」が示すとおり
先進国の産業構造が大きく変化したがゆえ、古典として扱われる。
しかし、北朝鮮に限って言えば、まさにこの「大砲とバター」が当てはまるわけであり
彼等は「バターより大砲」の政策をとっているのである。
もちろん、国際社会はバターを重視すべきと考えるわけだが
北朝鮮はもともと国民生活を抑制してきたため、今更その体制を変化させることが
できないのである。


専制独裁体制を維持しながら国民生活を向上させることを「開発独裁」といい
アジアにおいては、韓国の朴正煕政権やシンガポールリー・クアンユー政権などが挙げられる。
これらは冷戦の中で米国或いはソ連の援助を受けながら、巧妙に安定的な独裁体制を維持し続けた。
(朴正煕は暗殺されるわけだが)
北朝鮮は、金日成時代はまだしも、代を重ねるたびに国民生活は悪化する一方。
しかも、今年のミサイル騒動で、北朝鮮に輸出する石油製品、原油、出稼ぎ労働者等が
国連安保理により厳しく規制された。
現時点では北朝鮮は世界、とりわけわが国にとって大きな脅威であり
自国を滅亡させる道をひた走っている。
来年は一体どうなるのであろうか。監視を怠るべきではない。