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瑞鳳殿のこと

神社ではないんだけども、せっかくだから瑞鳳殿について触れておきたい。
瑞鳳殿は言わずと知れた伊達政宗墓所があって
戦災で焼失する前は国宝として、極めて重要なものだった。
近くにある御霊屋橋は、映画「重力ピエロ」のロケ地でもある。

ま、やっぱり階段だよな。
寛永13年(1636)伊達政宗が薨ずると、その遺体は遺言に従って
この地に葬られた。で、その時に建てられたのが瑞鳳殿である。
安土桃山建築の絢爛豪華な装飾によって、伊達家の興隆を表しており
昭和6年(1931)国宝に指定されたが、太平洋戦争勃発後の仙台空襲で
焼失、昭和54年(1979)に再建された。その際に行われた発掘調査で
数多くの副葬品のほか、伊達政宗の遺体の状態が極めて良い状態で確認され
科学的分析が行われたおかげで、政宗の顔や体型など身体的特徴が明らかとなった。
もちろん、戦国BASARAみたいなのではなかったが、渡辺謙というより原田芳雄っぽかったな。
この遺体の状態が良いというのは、実はかなり運が良いことで
薨去直後に水銀による防腐処理が施されていたことや
関東と違い、酸性の土壌ではないので、埋蔵文化財にとっては好適地だったという
誠に良い場所と適切な処理によって、今まで残ったのだった。

この見事な安土桃山建築!唐門も極めて豪勢で、日光東照宮もかくやという
まばゆさである。そして、正面にある竹に雀と軒丸瓦の九曜紋。
俺でさえこの始末であるから
もがよし氏は嬉しすぎて嬉ションするんじゃなかろうか。
資料館の中は、復元された伊達政宗の顔だとか、
副葬品、発掘調査の様子などが展示されている。


瑞鳳殿よりちょっと歩くと、感仙殿、善応殿が隣り合わせとなっている。
感仙殿は、二代藩主・忠宗、善応殿は、三代目藩主・綱宗である。
忠宗は、伊達政宗の次男で、宇和島伊達家の祖・伊達秀宗の弟にあたる。
その生涯は、父・政宗の名声に隠れてしまっているが
実は政宗の事業は、まだ道半ばの部分が多かった。
例えば、仙台藩屈指の運河として整備されていた貞山堀などは
政宗の時代には完成できず、忠宗がその事業を完成させた。
従って、政宗が創業の君なら、忠宗は守成の君である。
3代目綱宗は、忠宗とは違い、遊蕩を重ねまくったため藩財政が窮乏した。
そのため、家臣団の連署でもってリコールされた藩主である。
その後、家臣団の内部抗争もあって、伊達騒動に発展していく。


それにしても、素晴らしい建築で
言葉もなかった。
あ、そうそう。ここでもご朱印もらえました。
紙に印刷してあるやつだけど。