白雉日報社公式ブログ

日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

足元にご注意を!ツアー開始

今日はくもり、やや冷える。
今日はぶ厚い雲が頭上にあって
なかなか流れていかないもんだから雨降ったり
止んだりの繰り返しでしたね。
そのため、気温は12℃程度で、例年より5℃も低かった。


今日は、先週に引き続いてたまっていた仕事を片付けたら
昼過ぎになっていた。そこで、じゃあ神社に行こうかなと。
今回は自分に課したプランのうち、岩沼・名取ツアーだね。
このプランによるルートは、一番遠い愛宕神社に行くのが良い。
だがその前に、周辺の神社にも行っておくことにした。
しかし、そこでとてもショックなことがあった。
以下の画像を見て欲しい。

最初に行ったのは、神明神社
とても立派な神明造の社殿だ。鳥居も見事なものだったが
よく見ると額がない。「天皇陛下〜」「式年遷宮」の登り旗もなく
鳥居にも額がない、つまり、この神社が何の神社かわからないのだ。
由来を示した板碑もなく、というか読めない。
つまり、神社として放棄されてしまっている感じだ。
あくまで推測だが、ここを管理されていた宮司さまがいなくなってしまって
跡継ぎがいないのだろう。その場合、近辺の神社に管理を任せるようだが
でも、現段階では放置されているわけだ。
では、祀られている神様はどうなるんだろう。ご神体は当然あるわけで
それがだんだん荒れていくのを見るのはまことに悲しい。


次に行ったのは古峯神社。神明神社のすぐ近くにある

とはいえ、この神社は鳥居がない。
鳥居は外界の悪い気が入ってこない結界の役割を果たす。
そのため、鳥居は神社の要件の一つでもあるわけだが
それがなかった。
で、社殿を見ると額には「薬師宮」とあった。
…これは、マズいんじゃないか。
古峯神社といえば、栃木県にある天狗信仰で有名な神社だが
これに関してどう思っているのだろうか。


この後、愛宕神社へ。

104で聞いたんだが、県内で愛宕神社で届出は3件もある。
つまり、数ある県内の愛宕神社の中でも宮司さまがおられるのが3社。
残り2つはまだ行っていないな。
ここの愛宕神社は、境内に公園やゲートボール場があって
休日ともなると、住民の憩いの場になるんだろうな。
ちなみに、ここは社務所のようなものはあるが、あんまり使っていないものらしく
いろいろなものが乱雑に置かれていた。


次は名取市に戻って、館腰神社へ。
ここは国道4号から館腰駅の脇を通って前方に見える丘にある。
珍しいことに、お寺と同じ境内に神社が並存している。

この唐門はなかなかいいアーチ。

これが社殿だが、まぁ何で館腰っていうのかというと
岩沼館があって、その腰の部分にあるから館腰というのだそうだ。
で、もともと弘仁2年(811)に空海が弘誓寺を創建しようとした時に
伏見稲荷から分霊を受けた。で、この弘誓寺がずっと管理していたんだけど
明治2年太政官布令によるう神仏分離が行われると
館腰神社として分離し、村社となったという。
空海が本当にいたのかはわからんけど、空海お手植えの木とかあった。
社務所では、とても腰の低い方がおられて、とても丁寧に対応してくだすった。
まともに御朱印もらえたのはここだけだった。


次に向かったのは、館腰神社から国道4号を突っ切って
田園地域を走ると着く、多賀神社。この多賀神社は
西多賀の多賀神社にも近いから、どっちが式内社かって論争になったそうだ。
最終的には西多賀のほうが式内社になったわけだけど。

もう暗くなっていたので、わかりにくいかもしれないが
でもまぁ、こんな感じで、鳥居から社殿までちょっと長い。
ここでは、ご朱印をやってないってことだったけど
ハンコならあるよーってことで、宮司さまのお宅でハンコを貰う。
ただ、文字は「汚いから書かない」ということだった。


このへんで日没を迎えたためタイムアウト
一応、館腰・愛宕を中心に何社か行ったし、このへんは大体回ったかな。