白雉日報社公式ブログ

日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

今日は晴れ、やや冷える。
というか、こんなに晴れているのに
それほど温かく感じなかったのは
やっぱ体調が悪いから?多分そうだと思います。


今日、本来なら考古学協会の山形大会があって
親王殿下にもお誘いをいただいていたので
よっしゃ行ったろ!と思っていたんだが
昨日からどうも体調が優れない。
朝目覚めたら、倦怠感があった上に発熱があった。
つうか別にそれだけならどうもしないんだが、今新型インフルとかで
騒がしいので、心苦しいがお断りさせていただいて
休日外来をやってる病院に行ってきた。
当然インフルではなかった。インフルならこの程度で済むわけがない。
関節の痛みとか、割れんばかりの頭痛があって良いはずだ。
てわけで、寝てた。
まぁ、今日1日寝てたから、大分良くはなってきてるかな。


明日はまた神社とか癒されに行きたい。
一口に神社といっても、いろいろあるけど
ランドスケープのことかもわかんないが、不思議な雰囲気を感じる
というのはある。オカルト的なことを言っているのではなくて
鳥居をくぐると、護られているなぁと感じたり
木が多いところなんかでは、そのさざめきから自然の力をもらったり。
お参りをすると、気持ちがいいというのもこの類なのだろう。
こんなことを書くと、菊地がついに宗教かぶれに!なんて言われるが
これは宗教とかそういうんじゃなくて、日本人として伝統的に持っている
自然への畏怖、あるいはその自然を護る存在への畏怖が主な感情だ。
神様というのも、八百万の神様がおわすという意味で、信仰の対象が
決まっている宗教とは違うものである。だから、神社同士は血縁で結ばれたり
、大昔から宮司をやっておられて、仲が良いけれども
仏教やキリスト教となると、やれ曹洞宗、やれ真言宗と分裂しとるわけだ。
キリスト教は特にカトリックプロテスタントの分裂に留まらず
プロテスタントの中でも、改革派だの、バプテスト派だの、福音派だの
分裂しすぎ。
日本の神道は違う。そりゃ、吉田神道だの、土御門神道など
儀礼や神話の解釈などに違いは見られるが
それはあくまでその流派の見解で、氏子だからどうこうしなきゃいかんとか
そういうのはない。その流派に入る必要もない。
そしてさらに、神道というのは日本人がもとから持っていた慣習や感覚というのが
そのまま出てきたもの。だが、他の宗教といわれるものは
預言者だの、救世主だのが急にやってきて突然広まったりする。
仏教の場合もまた、国家が突然作ったり、突然開祖がやってきたりする。
その違いが「神道は宗教にあらず」といわれる大きな所以だろう。
もちろん、それには同意する。
「じゃあ、神道って結局何よ?」ってことになっちゃうと
回答に困る。それに合った言葉が見つからないのだ。