白雉日報社公式ブログ

日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

ローマ法王、「クリスマスの精神汚す」と物質主義を批判
http://today.reuters.co.jp/news/newsArticle.aspx?type=worldNews&storyID=2005-12-12T193858Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-196798-1.xml


日本人はどうなんでしょうね、イベント大好き国民ですから
何でも乗っかりたがる。でも、それはそれでいいんです。
というのも、それが日本人ですから。
日本神道は、実に寛容な宗教です。八百万の神々というように
色んな物を神様にしてしまう。悪いことがあると、神様の怒りだと
いって、恐れてきたわけです。
ところが、日本の神様の違いというのは、決して悪いことがあったからと
いって排除するということは絶対にしない。
昔テレビでもやっていましたが、欧米の神様は絶対善の構造を持っています。
又は絶対悪の神様を設けて、排除しようとするのです。
しかし日本の神様は悪いことをしようとしても、逆になだめて
まぁまぁ仲良くやりましょうってことになる。そうすると悪い神様でも
良いことをもたらしてくれると考えていたわけです。
例えば、平将門首塚はそうですね。首塚には尻を向けるなとか
何とか言い伝えがありますけれども、手厚く供養することで、事業が成功したり
仕事がうまくいったりする。神様も悪いところがあるし、良いところもある。
そんな許しの構造を含んでいるのが日本の神々なのです。
ですから、クリスマスに人にプレゼンツする。これある意味神道的といえます。
敢えて言えば、日本人好みのクリスマスの神様を作ってしまった。
本当は神様から許しを請う日なのですけれども
まぁまぁいいじゃん、こんな日は恋人と過ごすに限る、とか何とか
迎合するわけですね。サンタクロースは神様ですね。子供にはプレゼンツするよー。
お店をやっている方には商売の神様です。クリスマス商戦といって書き入れ時
ですから。神道というのは本当に適当なもので、都合の良いものなんです。
でもそれが、日本人の気風に合うわけです。私もそんな神道が大好きです。