白雉日報社公式ブログ

日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

1946年の今日は
ヘルマン・ゲーリング空軍総司令官が
青酸カリで自殺した日。
ナチスの実質ナンバー2でした。
でも、ゲーリングは出世欲に目がくらんで
ヒトラーに対する忠誠心は
ほとんどなかったわけです。
ですから、もうナチが終焉を
迎える1945年には、総統に
無断でベルリンを脱出
「北部戦線の指揮をとる」と
言い残したのですが、ヒトラーは大激怒。
ゲーリングのすべての役職を解きました。
だから「私にもしもの事が
あった場合、後を継ぐのはゲーリングである」という言葉は
守られることがなかったのです。
因みにゲーリングはWW1では、空軍飛行兵として活躍し、
リンドバーグ夫妻が彼の家を訪ねるほどだったといわれています。
太っていくのはナチに入って出世していく時ですね。
でぶっちょです。