白雉日報社公式ブログ

日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

「俺の屍を越えていけ」というゲームがある。友人に推薦されてやってみたが
多少系譜学をかじった者には面白い。しかもユーザーに優しい。
1番指摘したいのは、このタイトルだが、実は鈴木貫太郎元首相が言った言葉である。
鈴木貫太郎氏は、海軍大将・軍令部長兵学校長を務めたが、のちに降階を承知で
宮内省侍従長となった。以来、昭和天皇からの信頼厚く、2.26事件では「君側の奸」として
青年将校に襲われ、重傷を負ったが、昭和天皇は次々と起こる襲撃事件に激怒、本庄繁
・侍従武官らの釈明に対して「朕が股肱*1の老臣共を殺戮せしめたるは
朕が首を真綿で絞めるのと等しき重罪なり」と言い、それでも軍部の態度が煮え切らない
と、「朕が自ら近衛師団を率いて鎮圧せん、馬を引け」とまで言った。
残念ながら、斉藤実・元海相渡辺錠太郎教育総監らが暗殺された。
さて、鈴木貫太郎氏はこの事件を機に侍従長を辞任し、閑職を転々としていたが
昭和20年4月、重臣会議によって天皇から最も信頼厚く、政治的に無色な人物として
鈴木貫太郎が注目された。陸軍からは畑俊六元帥(のちA級戦犯)を推していたが
結局鈴木に大命降下した。しかし鈴木は「高齢でもあることだし・・・」と断った。
しかし天皇直々に「曲げて頼む」と言われ、首相となる決心をした。
その際、テレビ演説で「国民よ、我が屍を越えていけ・・・」という言葉が発せられたのである。
ところが鈴木は戦争を終わらせるつもりだったというのは有名な話だ。

*1:股はヒザ、肱はヒジの意味で、最も重要な存在を意味する